大事なのは、「慮ること」なんだろう。

January 17, 2009 at 16:01 Leave a comment

はてブ界隈で最近盛り上がっている話題。
元記事は 「とある夫婦の離婚序章

久々に、なんかすごく思うところがあったので書いてみようと思う。


と言っても、コメントとか周辺エントリとか読んでて私が感じたことは、pollyannaさんが「共働き夫婦が支え合うべきこと -理系兼業主婦日記」ですっきりまとめてくださった(お願いしたやっていただいたわけではないのでこの言い方はおかしいかもしれないけど)。このエントリ自体が多くの人に読まれているようでとてもうれしい。

というわけで私としては、このトピックに関して敢えて今更主張したいことがあるわけではないんだけど、ブコメを見ていたら「その視点には気づかなかった」という感じのものがいくつかあったことに「ほほう」と思ったことだけ表明しておこう。

立ち位置が違うとこれほどまでに想像力の及ぶ範囲も違うものか、と。

元増田氏の奥さんの主張は確かにちょっとめちゃくちゃな部分がある。きっと彼女が本当に求めているのは彼女が口にしていることとは別なのに、何がそんな発言をさせてしまったのか。そこには女性特有の感情の機微がありそうだから、男性にそこまで想像しろというのも無理な話かもしれない(乱暴に「女性」「男性」と括ることをご容赦願いたい。もちろんそれに当てはまらない人がたくさんいるのは分かっている)。

そんな感情の揺れ動きを宇宙人のように感じる男性陣には、きっとこのエントリは新鮮に映ったことだろう。

その上で、思ったことをまとめてみる。

私自身は、子供を産んだことがないどころか結婚すらしていないので、「夫婦であること」とか「共働きすること」とか「子供を持つこと」とか「仕事と家事と育児を両立すること」とかが実際どういうことなのか、まったく現実を知らない。その上で想像するだけではあるけれど、働きながら子供を育てるのはそりゃあもう大変なことだと思う。

親としての自分は、子供という予測不可能な生き物の現在と未来に全責任を負っている。社会人としての自分は、社会の一員としてその果たすべき役割を担っている。その2つ責任は、どちらか片方があるからと言って片方が軽減されるものではない。更に、多分いちばん大変だろうと思うのは、親の顔と社会人の顔というまったく異なる性質を持った2つの顔を、頻繁に行ったり来たりしなければいけないこと。それどころか、行ったり来たりするだけならまだしも、子供がいつどこでどうなるか分からない以上「親の顔」は24時間脱ぐことができない。2つの顔を共存させなければならない。そのことがもたらす精神的な負担は生半可なものではないだろう。

ブコメの中に

oosawatechnica 保育園からの第一連絡先を夫の勤務先にして、夫に「自分が行くか妻に任せるか」の管理責任をしてもらうと妻はかなり楽になるし夫も自覚を持つよというライフハックをここに書いておく。

というものがあったけれど、つまりこれは夫にも「社会人やってる時も親はやめられないんだ」という自覚を持ってもらえるということなのではないかと思う。

ただ、社会のシステムは未だに「夫」に対して「世の中の『妻』のほとんどが専業主婦だった時代」と変わらない働きを求める。しかもどうしようもない現実として、やっぱり父親は母親の代わりはできない。家事だって、一般的には女性の方が向いているのかもしれない(個人差あるだろうけど、ここでは平均的な話として。私は、ある程度そういう適正があったことも「夫は外で働き、妻は家を守る」という構造ができあがった背景にあると思っている)。だから物理的にあれをやれこれをやれというのは酷なことだとも思う。

社会で負っている責任の重さ、どうしても仕事に割かなければいけない時間の長さなど、色々な現実的な問題から結局家事や育児のほとんどが妻の肩に乗る可能性は大いにある。というか、敢えてそういう(良い言い方が見つからないけれど、言わば「軽めの」)職を選択することで共働き状態を維持している人も多いだろう。しかし、最初に言ったように社会人の顔と親の顔を同時に持ち続けるのは本当に大変なのだ、きっと。どんなに簡単な仕事だって、社会の中で果たすべき責任があり、子供を理由に放り出すことはできない。でも子供はもっと放り出すことができない。双方の仕事の重さの違いを認識することは必要だけど、仕事が軽いことと「仕事と家事育児の両立が簡単なこと」はまったくもって等価ではない。

そこで重要なのが、pollyannaさんのエントリにあった

共働き夫婦が支え合うべきこと – 理系兼業主婦日記

働く母親がいちばん支えてほしいことって、「心」だと思う。

という部分。

言い回しに抵抗がある人もいるみたいだったけど、「夫として妻と向き合う」とか「親として子供と向き合う」とかそういうことだと思う。これって、共働きだろうとそうじゃなかろうと同じことではないだろうか。結婚することが、イコール「奥さんが家をしっかり整えて、子供も育ててくれて、外で疲れた自分をいたわってくれる生活」だと思う人にはそれができないんじゃないかと思う。家にいる妻がしっかり家を守ってくれることを、「自分は外で働いているのだから当然だ」と思うのか、「自分が外で働いて、奥さんが家のことやって、それでうまく2人で生きている」と思うのか。ここの部分は、ちょっと世の中の男性勘違いしている人が多いのではないかと思う。(専業主婦なのに全然家事しない奥さんもいるだろうし、夫婦それぞれに問題があるだろうから決して一般化していい話ではないと思うけれど、とりあえず専業主婦なら専業主婦なりにがっちり家を守ってくれてる奥さんがいるとして。)

要するに、家庭を2人(子供がいるなら子供も含めて)で築いているという認識があるのか。その認識の元に、相手の状況を慮ることができるのか。お互い、余裕がないときがあるのは仕方がない。その時に支え合えるのが夫婦なんじゃないかと、まだ婚約者候補すら見つかっていない私が妄想してみた。

最後に、数日ぶりに大元のエントリを開いてみたら、

とある夫婦の離婚序章

ちょうど、昨日がプロジェクト終わりだったので
久しぶりに定時帰宅して、
家族3人で風呂入って、飯食って、
10時には娘と嫁と手をつないで寝ました。
嫁は始終にこにこしてました。
娘はきゃっきゃと喜んでいました。

という追記が。よかった。
こうやって、コミュニケーションたくさん取ることが大事なんだろうな。

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自作飲むヨーグルト -その2 ずさんな移転メモ

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